CI/VI制作プロセスから見るコーポレートフォント導入タイミングと組織のコミュニケーション 〜デザインコンサルファームMIMIGURIに聞く〜
この記事は連載記事「デザインコンサルファームMIMIGURIに聞く、ブランディングとコーポレートフォント、フォントの未来」の第2回目の記事です。
みなさんは「コーポレートフォント」についてご存じでしょうか。企業のあらゆる経済活動において、一貫した印象を保持するために管理・運用されるフォントをコーポレートフォント(企業制定書体)と呼びます。
前回は、理想的な組織やチームの在り方、そしてブランドに対するMIMIGURIさんの考え方を通して、コーポレート・アイデンティティ/ビジュアル・アイデンティティ(以下、CI/VI)やコーポレートフォントがどのような役割を担っているかについて伺うことができました。
2回目となる今回は、CI/VIを考えるプロセスと、コーポレートフォントを導入するタイミング、そしてCI/VIが変わる時の組織内のコミュニケーションの在り方について、お話しいただきます。
この記事を通じて、CI/VIを作るプロセス、コーポレートフォントを導入する効果的な企業の状態、CI/VIが変わる時に組織が行うべきコミュニケーションについて理解が深まれば幸いです。ブランディングにおけるCI/VIの価値について学びたい方、コーポレートフォントについて検討している方、これからCI/VIを変更しようと考えている方にとって役に立つ内容となっています。ぜひ最後までご覧ください。
CI/VIを作るプロセスから見る、コーポレートフォントの提案について
──前回はCreative Cultivation Model(以下、CCM)というMIMIGURIさんが提唱される「創造的な組織の原則」、そしてお三方の経歴を通してCI/VIを提案されるときのポイントについて伺うことができました。今回はいよいよコーポレートフォントについてお伺いしていきます。
本日お集まりいただいたお三方は、日々様々な業種の企業やブランドに戦略を実行するツールのひとつとして、VIやガイドラインを作られていると思います。
そうしたVI・ガイドラインを作るなかで、皆様がどのようにプロジェクトを進めておられるか、そのなかでコーポレートフォントをどのように提案されているかをお聞かせください。
今市:
はい。まずガイドラインが必要になるタイミングとしては、新しくブランドを立ち上げる時や、「リブランディング」といって、ブランドの理念や価値観を時代や目的の変化に応じてアップデートする場合に作られることが多いですね。
一般的にガイドラインにコーポレートフォントが盛り込まれるまでのお話をしますと、ガイドラインを検討する際には、理念や戦略を立てた上で、その文脈と照らし合わせながら、シンボルマークとロゴタイプの開発が行われます。
さらに、コーポレートフォントはガイドラインにおいて制定書体とも呼びますが、コーポレートフォントを制定するのは、ガイドライン設計の終盤になることが多いと思います。また、コーポレートフォントを選ぶ基準としても「決定したシンボルマークとロゴタイプの雰囲気に合うものは何か」という基準で決められることが多いかもしれません。
──コーポレートフォントはガイドラインを決める流れのなかでも、終盤に決めるものなんですね。
今市:
そういう話をよく聞きます。また、別の視点として世の中で公開されているガイドラインの中の制定書体に関するページは、比較的後ろの方にあることが多い気がします。
でも僕の場合は、もう少しフォントに比重を置いて、なるべく早いタイミングで提案したい、と考えているんです。
そのブランドがどのようなイメージで認識されているかを探るために、まずブランド自体を擬人化することでイメージを膨らましながらクライアントとコミュニケーションをすることが多いんですが、そうするとブランドのアイデンティティを構築する上で、コーポレートフォントやロゴタイプなどの「文字」が担う役割の大きさが見えてきます。選ぶ書体ひとつで、ブランドの印象を大きくコントロールできるからです。
シンボルマークよりも、ロゴタイプやサムネイルで使うフォントを先に決めることで「ブランドイメージはどこまでポップにできるか」という部分のブレーキやバランス取りがしやすくなるんですね。
例えば、僕が担当した「ヒラギノフォント公式note」のブランディングではロゴタイプで明朝体を使っています。それによってシンボルマークや色使いをポップにしても、全体の統一を見るとそこまでポップすぎないバランスになる、という部分が見えてくるんです。
なので「早い段階でクライアントと文字周りの話をしたい」というのは、コーポレートフォントを決めるフェーズをガイドライン作りの終盤ではなく序盤に持ってくることで、全体のブランドイメージが理念や戦略に合っているか、という判断を早期にできるようになると僕は考えています。
──なるほど。一般的には終盤で制定するコーポレートフォントをあえて序盤から検討することで、ビジュアルデザインをフォントが持つ印象で捉えたり、シンボルマークのデザインの振り幅を把握することに役立つ。あるいはクライアントとのコミュニケーションでもコンセンサスを得られやすい、ということでしょうか。
今市:
そうなんです。ロゴタイプや書体選定を早い段階から検討することで、クライアントとの間でブランドイメージの共通認識を持ちつつ、VI全体のバランスを調整できるので、書体は序盤に考えておきたいと思っています。
カタヤマ:
今市さんの「序盤で書体を決める──」という話はすごく重要だなと思っているんですよ。
コーポレートフォントに限らず、ブランドの立ち上げにおける理念や戦略を考えるフェーズでも、デザイナーがブランディング全般を踏まえて都度ビジュアル化して提案すると、より具体的に理念や戦略を検討できます。
──理念や戦略と併走しながらビジュアル化を行うこともあるんですね。
コーポレートフォントを導入する効果的なタイミングやフェーズについてもお聞かせください。
カタヤマ:
はい。僕は企業なのか、サービス/プロダクトなのか、によって変わってくると考えています。
まず、サービス/プロダクトの場合は、先ほど申し上げたように、新規ブランドを立ち上げる段階からフォントを検討して導入した方がいいと思います。
一方で企業では、事業の理念や戦略の比重が大きくて、ビジュアルまでなかなかリソースが割けないというケースをよく見かけます。なので、企業の場合は第二フェーズというか、セカンドグロースぐらいからコーポレートフォントを導入した方がいいんじゃないかな、と思っています。
今市:
企業を新しく立ち上げる場合ではなくて、次のフェーズに企業が進む場合にコーポレートフォントを考えるということですか?
カタヤマ:
はい。例えば有名な大企業が「新しいプロダクトのためにブランドを立ち上げます」といった場合には、初めからブランドのためにカスタマイズされたフォントを導入していいと思うんですが、「これから新しく会社を立ち上げます」といった場合であれば、色んな手続きやビジネス全体を考えるなかでコーポレートフォントについて考えることは負荷が高いはずなんです。さらには予算が割けない、もっといえば自分たちがやることを決めている最中なので、自分たちを表現することが難しい状態だと思うんですよね。
そういった観点から考えると、企業としてはセカンドグロース以降のタイミングで導入する方が良いと思ったんです。
──なるほど。それはVIの作成自体が第二フェーズで実施する方が良い、ということでしょうか。
カタヤマ:
企業の特性にもよると思うんですけど、創業者にアートスクール出身者がいる世界的な企業でも、創業時のビジュアルはお世辞にも良い状態ではなかったんです。そのあと、その企業がセカンドグロースで急成長した時にVIを刷新して、良いビジュアルが出来たんですね。
そうしたことを見ると、やはり起業したばかりの時は「自分たちがどう進むか分からない」あるいは「サービスのことをもっと考えなくちゃいけない」といった変数がたくさんあるなかでビジュアルを固めるのって難しいんですよね。
──吉田さんはその点いかがでしょうか?
吉田:
どのフェーズでどんなガイドラインを制定すべきか、ということに対する考え方なんですが、まずガイドラインは、ガイドラインを作るフェーズと、それを運用するフェーズに分けられます。
以前はブランド定義を結構ガチっと固めて運用しないといけないんだ、みたいな感覚があったんですけど、今はそこまで決めつけない方が良いんじゃないか、と考えるようになりました。
VIやそのガイドラインは、企業やブランドのライフサイクルに依存するものなので、基本的に更新されていくべきものだし、変動するものである、という前提に立った方が色々説明しやすいんですね。
実際、初期段階ではどうしてもコストがかけられない一方で、プロトタイピング的にシンボルマークやロゴタイプなどを決めないといけない状況もあります。でもその後、企業がいったんスケールしていくと、企業やブランドの在り方を振り返った時に「ここを整えていかないと」というのが見えてくるんです。そのフェーズで自分たちが何をしたいのかを問い直していく、ガイドラインの制定と運用の振り返りを繰り返していく、という考え方です。
──ガイドラインは更新されるべきもの、という考え方はとても実践的ですね。確かに企業は理念や事業を常にアジャストして経営していくという部分があるので、ビジュアルがそれを体現しているのであれば、変わって当然なんだという考え方はとても腑に落ちました。
カタヤマ:
関連した話だと、ブランド・インキュベーション戦略という本に興味深いことが書いてあって、旧来のブランドは「ブランド説得型」なんです。つまり、ブランドが伝えたい想いやコンセプトがその通り感じられるように発信していくというスタイルだったわけです。ところが今は先ほど吉田が言ったように、ブランドとブランドに関係する人たちの共創・協創型に移行しています。
まさしくブランドをトップダウン的に作って伝えるよりも、どんどん変えていくイメージの方が、今のブランディングやCIにおけるVI設計に近いと、ひしひしと感じています。
今市:
確かにそういう意味では、VIの寿命は短くなっているという時代の流れはありますよね。
カタヤマ:
そうした一つ一つの寿命は短くなっているけれども、思想みたいなところは一貫したものがずっと残っているとも思いますね。
今市:
あれだけ頑張って作ったDONGURIの新しいVIも一年で終わりましたね。成長が早すぎて。
(一同笑)
──DONGURIさんのVIも、根底にあるものは一貫しているけれど、表面的なところは変わっているんでしょうか。
今市:
そうですね。核は一緒なんですが、メッセージであるとか、表面的なところは違うという。
吉田:
時代であったりとか、誰に伝えたいであったりとか、そういう部分を調整して、ビジュアル設計をしているんですよね。
──なるほど、良い事例ですね。
MIMIGURIさんのお仕事の流れについて、CCMのどのタイミングでVIやコーポレートフォントの検討、策定が含まれるのでしょうか。
カタヤマ:
関わるタイミングは場合によって変わってくるとは思いますが、この図でいえば「プロトタイピング」のプロセスかなと思います。二人はどうですか?
今市:
僕もプロトタイピングのフェーズだと思います。
吉田:
僕もその辺かなと思いますが、取り組み方次第とも思うんですよね。特に最近弊社が取り組む案件の傾向として「どれだけ手がかりを増やすか」ということも重要で、パーパスやリサーチの部分でクリエイティブによって進めていくこともあり得るかなと思います。
カタヤマ:
そうですね。この図で説明すると、左から右に流れていくだけではなくて、各セクションでサイクルを回すことが多いんですよね。仮説を立てて検証して次に進んでいく、という手法をとることが多いです。そのサイクルを回すなかで、先ほど吉田が言ったように、クリエイティブやデザインによって検証していく、ということをやっています。
吉田:
この図は構造を示しているので、それを実際のプロジェクトに当てはめると、場合によってはもっと複雑な流れになりますね。
──ありがとうございます。デザインの力によって仮説を検証して固めていく、というコミュニケーションのツールとしても、ロゴタイプやコーポレートフォントは力を発揮するんですね。
ブランドデザインが変更されることへの抵抗をどうするか
──先ほどリブランディング、セカンドグロースという話も出ましたので、関連してVIやガイドラインを刷新する、変更する時に起こりがちな悩みについて伺いたいと思います。
VIが変更される時のよくある悩みとして、シンボルマークやロゴタイプ、コーポレートフォントが変わることに対して、社内から抵抗があるのではと思いますが、その点についてお聞かせください。
カタヤマ:
他のデザインファームさんは分からないんですが、MIMIGURIではVIだけを変えるという仕事の進め方は基本的にしないので、VIが変わることの抵抗といった悩みや経験はあまりないんですよね。
吉田:
僕らはクリエイティブを担うメンバーですが、MIMIGURIではそれ以外の戦略部分であったりプロジェクトマネジメントであったり、様々なメンバーを編成してプロジェクトを進めます。もし軋轢が存在している場合は、一番先に解決を試みます。
クライアント側が課題を認識しているケースもありますが、MIMIGURIのなかでは課題が分かり次第そこを解決しないと進まない、という認識がある気がします。なので僕もその点で軋轢を感じることが少ないんだと思います。
今市:
均す(ならす)作業がデザインプロセスに入っていますよね。それをやらないと形にまで持って行けないというか。
吉田:
デザインのプロセスとしても、全体としてもあるという感じがしますよね。MIMIGURIのCCMには、組織の状態を軋轢のない、もっというと創造的なチームや組織にしていくという使命があるのですが、プロジェクトに対しては、それが裏目的になっているパターンと、それ自体が目的になっているパターンがあります。
いずれにしても、できるだけ早い段階で組織が創造性を発揮できる状態に持っていくことが望ましいので、もし軋轢が見えれば早い段階で解決する、均す、ということをやりますね。
カタヤマ:
あとは、これはクライアントさんとの関係性にもよると思うのですが、僕が関わっている案件では、クライアントと制作という関係性だけではなくて、弊社コンサルからまず学習目標を決めてプロジェクトを進めていく対話からスタートするので、ヒエラルキーみたいなものがそもそも生まれないんですよね。
──具体的には、どのようなものなのでしょうか?
カタヤマ:
例えば、プロジェクトを進めるにあたってその目的に到達するために必要な学習をカリキュラムとして作ってあげて一緒に進める様な、大学でいうところのシラバス(講義・授業の計画)に近い感じです。
もう少し具体的に説明すると、まずプロジェクトの初期段階でプロジェクトチームはもちろん、企業全体から、関係者に集まってもらうんです。そのなかで、コンサルのメンバーから「なぜこれが戦略として大切なのか」という話をしたり、自分からは「ブランディングとはそもそも何なのか」という話をします。ある時は授業のように、またある時はワークショップを実施して、組織全体にブランディングの重要性をインプットする取り組みを行うんです。
もちろん何を学習目標にするかについても、組織状態や関係者を考えて都度変えています。
──普通はデザイナーとしては組織やその在り方までは踏み込めないことも多いとは思いますが、吉田さんのお話にもあったように「効果があるものが本当に作れているか」と思っている人たちがMIMIGURIに集まっているからこそ実現できていると感じました。
MIMIGURIさんをお迎えした座談会は全3回を予定しております。今回の記事では、CI/VIを考えるプロセスと、コーポレートフォントを導入するタイミング、そしてCI/VIが変わる時の組織内のコミュニケーションの在り方について伺うことができました。
連載3回目となる次回は、お一人ずつ実際の事例を交えながら、CI/VIを設計するうえで重要なクライアントとのコミュニケーションの方法論、新しい時代のCI/VIの作り方、MIMIGURIさんがヒラギノフォントに期待することについてお話しいただき、これからのコーポレートフォントについて知ることができる内容を予定しております。
ヒラギノフォントでは、コーポレートフォントを導入したいとお考えの企業様や、デザインファーム様からのお問い合わせにいつでも受け付けております。どうぞお気軽に下記フォームからお問い合わせください。
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