モリサワさんに、新書体プロモーションの裏側を教えてもらいました
新しいフォントのプロモーションをするのって、とても大変なんです。
こんにちは、ヒラギノフォント公式note編集部の正木です。
昨年ヒラギノ丸ゴ オールドをリリースする際に、特長をわかりやすくプロモーションするためにフォントの組見本を作りました。
やってみると、ヒラギノ丸ゴ オールドを魅力的に見せるためにどのような言葉を並べたらいいかが悩ましく、大変苦労したことを思い出します。
モリサワさんの新書体特設サイトを拝見すると、たくさんの新書体が並び、ひとつひとつのフォントにイメージがつかみやすいモックアップや組見本が用意されています。フォントを選ぶ方にも、私自身がフォントプロモーションを考えるうえでも、非常に参考になると思い、取材をお願いしたところ快諾いただきました。
みなさんが普段ご覧になっているモリサワさんの新書体プロモーションはどのように出来上がり、その過程でどのような苦労があるのでしょうか。2023年の新書体リリースが控えるなか、表に出ることの少ないお話を株式会社モリサワの梅山さん、貫さんに伺ってきました。
梅山さんと貫さんについて
--最初に、自己紹介をお願いいたします。
(梅山さん)
株式会社モリサワ ブランドコミュニケーション部 デザイン企画課の梅山 嘉乃です。2022年の新書体プロモーションを担当していました。書体の企画から書体開発のディレクション、プロモーションまでを行っています。
(貫さん)
梅山と同じく、株式会社モリサワ ブランドコミュニケーション部 デザイン企画課に所属している貫 真由です。
(梅山さん)
私は大阪勤務で貫は東京勤務と、拠点は分かれています。
(貫さん)
普段の業務としては梅山と一緒です。あとは、モリサワ公式noteで記事を書いたりもしています。
--プロモーションを進めるうえで、お二人はどのように役割分担をされていたのでしょうか。
(梅山さん)
プロモーションに関してはいろいろな種類の仕事があるので、業務ごとに分担をしていました。ビジュアル化に関わるところもあれば、大量の書体の情報を整理する仕事もあります。どちらかというと私は特設サイトや、各書体のビジュアルをどういうふうに見せていくかというところを貫と相談しながらやっていました。
(貫さん)
私は情報まわりの整理整頓・交通整理が中心でした。
東京と大阪と離れており、コロナ禍だったのでオンラインミーティング中心でしたが、ほとんど毎日オンラインミーティングしているときもありましたね。
(梅山さん)
金曜日の終わりに貫とお疲れ様でしたと言って、月曜日の朝に貫とおはようございます、みたいな(笑)
拠点が分かれていることもあって、密な連携を意識していました。
2022年を振り返って
-- 2022年の新書体プロモーションを拝見して、まず書体の数が非常に多く感じました。
(梅山さん)
おっしゃる通り、非常に数が多く大変でした。77ファミリー、ウエイトなどを分けて数えた書体数で500書体を超えます。
これまでの弊社のラインナップとしては、基本書体や真面目な雰囲気の書体が多かったのですが、デザイン書体の充実を望むユーザーの声や、グローバル化に伴う多言語書体の需要の高まりもありました。Morisawa Fontsで様々なニーズに応えるために、見出し系の今までになかったような華やかな書体から、欧文の組版もしっかりサポートできるように開発を行ってきました。
例年はおよそ一桁から15,6ファミリーのリリースだったんですけど、2022年は大幅拡充で、そこをどう見せるかが施策の入り口になっています。
新書体プロモーションの進め方
--新書体プロモーションは、具体的にどのように進められるのでしょうか。
(梅山さん)
私たちは書体の特徴、開発意図やその書体が映えるワードの候補などを準備し、それをもとにグラフィックデザイナーの方に発想を広げていただいたり、魅力的に見えるビジュアルを提案いただきます。
2022年は数が多かったですし、ボリューム感を押し出したいというところで、例年よりも早めに走り出しまして。これまでにない試みとして、先行公開として、2021年の10月にリーフレットとnote記事を公開しました。
リーフレットを作るにあたって、まず開発時に想定していた使用シーンやコンセプトを知るために、開発担当者が作成した企画書や仕様書を改めて確認しました。
そのあと各書体が一番映えるワードを考えるんですけど、やっぱりそこが大変であり、時間がかかる作業でもありますね。出てきたワードを「この書体に合ってる?」と、開発担当者と擦り合わせしながら…という感じです。
--私はヒラギノ丸ゴ オールドを考えるのに雑誌や本を読みあさっていたのですが、梅山さんと貫さんは何がアイデアの源泉になっているのでしょうか。
(貫さん)
正木さんと同様に色んな雑誌や本を見て、どんなシーンで使われるか考えて、実際の使用例をベースにアレンジするとか、そういう発想の仕方かもしれないです。
(梅山さん)
こういうものを考えるときって既存のコンテンツと被らないようにするのがすごく大変で、どの年も苦労しています。例えば、架空の特撮風タイトルを考えたら架空じゃなかったとか。アイデアを出した後に確認しています。
新書体プロモーションの苦労話
--これだけの書体が多いと、それぞれで違いを出すことは大変だったのでは。
(梅山さん)
まさにそこが去年の課題でして。和文と欧文で別のテーマがあって、和文はどちらかというとデザイン書体がメインで、単純に羅列してしまうと魅力がつかみにくく、単に数が多いという印象にならないようにする必要がありました。
欧文も、一見特徴の差がつかみにくいと思われかねないため、ジャンルに分けてPRしました。
一般的な書体の分類、明朝体/ゴシック体といった分類とは別に、デザイン書体のなかでの使い分けやイメージワードから探してもらいたいというところから、和文の方はインパクト/ゆるポップ/ロマン/オールド、欧文はオーガニック&ディスプレイ/クラシカル&スタンダード/Roleスーパーファミリー/Clarimo UDシリーズと分けて見せました。
欧文は自分自身利用する機会が日本語フォントに比べると少ないので、どういうところに使われるのか結構悩んでいます。
サンセリフひとつとっても複数ファミリーあったので、違いをどのように見せるか苦労しました。それぞれの利用シーンを考えながら、テーマを設定しました。
2018年の「Clarimo UD」という多言語書体のシリーズをリリースする時、モックアップ用に「Clarimo Air」という架空の航空会社を前任者が考えていた記憶があります。「ディスカウントの金額考えた?」みたいな会話が聞こえてきて。なんの会社やろ…と思っていました(笑)。今となっては、金額というより、数字のデザインの有効的な見せ方を考えていたということがわかります。
(貫さん)
特徴がはっきりしている書体はテーマが設定しやすいのですが、明朝体のようにパッとみた時にはわからない繊細な書体は特に、見せ方の差別化が難しいなと思っていましたね。
(梅山さん)
筆っぽいというか、処理が他のものに比べて派手で目を引くものは大きく使ったり、本文向きで優しい感じを出したいときは本のように見せたり、確かに難しかったです。
書体のモックアップを見ながら
--私は2022年の書体のモックアップでLatinMO Proが好きなんです。
(梅山さん)
ほんとですか!これ、苦労したので報われます。
--すごく「ボードゲーム」っぽいなと思って…私は個人的にボードゲームが好きなのでこういうイメージ、よく見かけるなあと思っていました。
(梅山さん)
私はあまりゲームをしないので、ほんとにゲームっぽく見えているのかが不安だったのでよかったです。
--ヒラギノ丸ゴ オールドのモックアップや組見本はどのように出来上がったのでしょうか。
(梅山さん)
オールド系の和文書体なのでちょっと懐かしい感じ、レトロな見せ方を考えて、夏祭り・カルタのイメージにたどり着きました。ヒラギノ丸ゴ オールドが個人的に一番去年で推しモックなんですよ!書体自体が素敵なこともあり、魅力が伝わるビジュアルにまとまったのではないかと思います。
--組見本の「なす天おろしうどん」も、書体のイメージにぴったりなワードだと思いました。
(梅山さん)
なす天おろしうどん、いいですよね。モリサワ社内でもおいしそうとすごく評判が良いです。特徴的な字形が多いので、より素敵にみえますよね。
「色」について
-- 2022年、それ以前の年も、どのモックアップも特徴が出ている一方で、統一感もが感じられました。どういった工夫をされているのでしょうか。
(梅山さん)
多くの書体を出すので、雑然とした印象にならないよう、統一された印象が出るように制作する前にカラーコード、使用する色を毎年決めています。
(貫さん)
色決めは毎年苦労していますよね。
--各年の見本帳を並べるととてもきれいです!色はどういうところから絞っていくのでしょうか?
(貫さん)
文字に色を付ける際に黄色は見にくいので、候補から外したり。まずは文字の読みやすさ優先ですね。
(梅山さん)
あとは、その年を象徴する書体がよく見えるか、みたいなところかもしれません。
例えば2021年は渋めの書体が多かったので、それが魅力的に見えるような、でも渋いばかりでもない。金色をベースに、シアンに近い色を差し色として合わせました。
type-in & font-in から新書体見本帳へ
--2021年以前のお話もお伺いしたいです。2016年まではアップグレード(新書体提供)のタイミングで「type-in & font-in」という冊子を発行されていましたよね。2017年からは「新書体見本帳」に変わったのはどういった背景があったのでしょうか。
(貫さん)
2016年までも毎年多くの書体がリリースされる一方で、リリース後すぐにはインストールされていないという課題がありました。A1ゴシックをリリースすることになった2017年、書体の特性や利用シーンが一目でわかる情報発信をしていきましょう、となり。その一環として、その年のリリース書体を特集した新書体見本帳を発行しました。開発に関する関連資料も載せており、書体が好きな方にも満足いただける内容になっていたのではないかなと思います。
(梅山さん)
特設サイトもそのタイミングでリニューアルしました。2017年はA1ゴシック以外にも「秀英にじみ明朝」や、OpenType機能を活かした「みちくさ」もリリースされていて、目玉の書体が多くありました。結果としては、2016年の倍ぐらいのペースで、フォントをインストールしていただいていたようです。
--毎年拝見しているのですが、確かに新書体見本帳はフォントを使うイメージしやすいですし、ついつい手にとって眺めてしまいます。
(貫さん)
A5サイズにしたのは、気軽に眺めやすいことも狙っています。重さもサンプルを作って、パラパラと眺めやすい形に決めていきました。ちなみに、2022年以降は新書体だけの見本帳ではなく「総合書体見本帳」として新しい形にパワーアップしています。
2023年に向けて
--最後に、2023年の新書体の見どころを教えてください。
(梅山さん)
いま発表しているのが16ファミリーで、幅広いラインナップが揃っています。
和文では、世界観を表現できるようなインパクトのある書体、情緒豊かなオールド系書体、昨年リリースした「プフ」シリーズの続編、繁体字フォントをベースに仮名を合わせた書体、毎日新聞社が開発した明朝体など。
欧文でも、既存書体の多言語展開というところで幅広くラインナップしています。あと、アラビア語とタイ語のフォントが今年出ます。今から秋に向けて、外国語は難しいですが、モックアップ制作を頑張ります(笑)
今年もnoteや特設サイトで引き続き、書体の個別の魅力を知ってもらうっていうための施策をこれから行う予定なので、ご期待ください!
--個人的にも非常に楽しみにしております。本日はありがとうございました!
編集後記
今回はモリサワさんをお訪ねし、これまでの新書体プロモーションの裏側についてたくさんお伺いできました。書体の魅力を伝え、使ってもらうための、モリサワさんならではの工夫や気遣いが随所にありましたね。
これから2023年の新書体情報が順次公開されていきますが、裏側ではこんなことが起こっているのか、と想像しながらモックアップや組見本を見るとより楽しめるのではないでしょうか。
引き続きモリサワさんの新書体のプロモーションに注目していきましょう!