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その中国語の案内文、フォントがツギハギになっているかも?〈エリックの多言語文字散歩〉

自己紹介

こんにちは!文字散歩(文字を探しながら散歩すること!)が大好きなエリックです。

私は中国生まれですが、日本在住も17年間を超え、その間も十数カ国を飛び回った経験があり、あちこちで様々な言語と文字を見てきました。そのご縁もあって、中日韓のフォントメーカー(タイプファンドリー)数社と多言語書体開発のプロジェクトに関わってきました。そして、その中で「ネイティブの視点とは、いったい何か?」をずっと考えて来ました。

この場をお借りし、中国語に留まらず、多言語表記をはじめ文字・書体・組版に関する自分なりの見方と考え方、時には雑感などを分かりやすくお伝えして、みんなとシェアしたいと思います。

街角から驚きの中国語体験!

いきなりですが、数年前、中国人の友人からこんな写真をもらいました。どうやらヒラギノのふるさと、京都の看板のようです。

書いている内容は自分の母国語なのですぐに反応してしまいました。見た瞬間は「親近感」というよりも、どちらかというと「びっくり」でしたね。

看板自体は文字が3行程度で「京都特色のお土産が多数陳列中」という内容が中国語で書いてあります。しかし、明らかに楷書系と明朝系の違うフォントが混ざって、文字の大きさもバラバラに見えます。

これではまるで、犯人が新聞紙をツギハギした脅迫状のように見えてしまいます。文字散歩をしていると、このような「おもてなし」の文章がフォント選びによって残念な印象になっている例をよく見かけます。

他の例を見てみましょう。
これは美術館の中で見つけた案内文です。無料観覧ができることを伝える親切な文章が、このフォント選びと黄黒の警告色によって「もはや罠じゃないか?」と逆に心配になってきます。

しかもこの張り紙はなんと、英・中・韓三カ国語のそれぞれが、バラバラの文字サイズとフォントを使っているようで「もう意図的に狙っているのでは?」とさえ思ってしまいますね。

これまで紹介してきた写真は関西の例ですが、こういう看板は東京でもよく目にします。

ドラッグストアでちょっと買い物をした時も足元で見つけました。日本語に対し、中国語がとにかく細い文字になっていて、しかもフォントも文字サイズもバラバラなのは一目瞭然です。

それから、とあるレストランに行ったらこんな案内に出会いました。

じつはこの英中二カ国語の案内、大きい文字で表示している文章は言語によって違いがあって、それはそれでかなり面白くお話しできる部分なのですが……
それはさておき、とにかくこの中国語の文章は楷書系・明朝系、さらに宋朝体も登場させていて、ごちゃごちゃ感はお見事です。

フォールバックとは「縮退運用」

このような案内文が生まれてしまう理由は、じつは案内文を作るアプリケーションが良かれと思って動いた結果なのです。

これをフォントのフォールバック、と呼びます。

フォントのフォールバックが起きる流れを簡単に説明すると、書いている文章は中国語なのにアプリケーションの設定は日本語フォントのままという不整合が起きたとき、アプリケーションが日本語フォントにない中国語の漢字をとりあえず表示するために、中国語フォントをその漢字に当てはめて表示する、という動きになります。

このフォントのフォールバックによって、これまで紹介した様なフォントがバラバラ、ネイティブにとっては残念な仕上がりになってしまった、という訳です。

カタカナ語が氾濫している今、フォールバックをあえていわゆる「正しい日本語」で言い換えると、「縮退運用」という言葉になるようです。辞書によると「通常使用する方式や系統が正常に機能しなくなったときに、機能や性能を制限したり別の方式や系統に切り替えるなどして、限定的ながら使用可能な状態を維持すること」……つまりアプリケーションにとってはこれが最後の砦、というわけです。

日本語と中国語は同じ漢字文化圏のため、共通する字体・字形がたくさんあります。とはいえ、表示したいのは外国語なわけですから、日本語フォントのままでは到底無理があります。

日本語フォントで中国語を表示させようとしたら、もちろん表示しきれない文字は出てきますので、アプリケーション側では「フォントのフォールバック」のアルゴリズムが起動され、自動的に表示できるフォントを探し出し、頑張って表示してしまいます。

すばらしいことに最近の情報機器やその中で動くアプリケーションのほとんどは多言語化されています。そのため文字の表示についてもできるだけ抜け落ちたり、豆腐のような四角い記号になってしまう事態を避けるために、各国の文字が含まれたフォントがインストール・組込されています。

そうしてアプリケーションが多言語化と文字表示を頑張ってくれた結果、犯行予告のような案内文ができあがってしまいましたが、これはアプリケーション側に言わせてみると「そもそもフォントのフォールバックは通常の状態ではないのだから、フォールバックでできた案内文は堂々と人前に見せる物ではない」という話かも知れません。

重要なのは気持ちの伝え方

コロナ禍で一気に減ってしまった外国人観光客の姿が、もう懐かしく感じてしまいますね。2年前までは、日本は観光立国など様々な政策を推進し、インバウンド事業が急ピッチで成長してきました。

日々、外国人客から様々な要望に対応しなければならない現場は一番大変で、スタッフ達の悲鳴は想像できます。きっと翻訳の専門家にチェックしてもらう時間もなければ、デザイナーに依頼する余裕もないことでしょう。とにかく機械翻訳でも良いから、コピペして印刷、すぐ貼り紙を出します。

事情も良くわかりますし、理解はできますが、それでもこのようにバタバタした結果、見る側が嫌な気分になったら逆効果ですし、みんなの苦労も報われません。

翻訳の優劣を判断するのは専門知識が必要かもしれませんが、フォントのフォールバックに限っては、わりと素人でも分かりますし、すぐに直せます。

今回ご覧いただいた写真のような仕上がりに対して、フォントが混ざっている、文字の大きさが違う……「なんかおかしいぞ!」と気づくことは、とても重要です。

フォントはよく「人の声」に喩えられます。おもてなしの気持ちを脅迫状の様な口調で言う人はいないように、案内文の文字を読む人にとって自然で優しいフォントで書くということは大切です。
これは決して難しいことではありません。

要は「言われてみればそうかも!」という気付きが重要なのです。このような気付きは、中国語だからとか、フォントだから、ということだけでなく、どこに気をつけばよいかを考え始めることこそ、重要な第一歩です。

ということで、いくらフォントのフォールバックというシステムは優れていても、そのまま機械任せ、ノーチェックで出力したら残念な結果になってしまうということは、よくお分かりいただけたと思います。

次回予告:誰でもできる、読み心地の良い多言語案内文を作るコツ

さて、気持ちよく読んでいただける多言語の案内文や告知文、POPや看板を作るにあたって、どうやってこのフォントのフォールバックを避けるか、誰でもできるちょっとしたコツや注意点などについては、次回でお話しいたします。

著者プロフィール

エリック・リュウ
中国生まれ、東京在住。The Type編集者、W3CのInvited Expertとして「中国語組版要件」議長担当。ニューヨークTDC顧問理事。日中韓を始めファンドリー数社の多言語書体プロジェクトでコンサルタントを務める。著書に『孔雀プロジェクト:中国語組版考え方の再建』、訳書に小林章氏の『欧文書体』『欧文書体2』など多数。