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CI/VIをクライアントと考えるプロセスと新しい時代のコーポレートフォントをデザインコンサルファームMIMIGURIと紐解く

この記事は連載記事「デザインコンサルファームMIMIGURIに聞く、ブランディングとコーポレートフォント、フォントの未来」の第3回目の記事です。

 みなさんは「コーポレートフォント」についてご存じですか?

企業のあらゆる経済活動において、一貫した印象を保持するために管理・運用されるフォントをコーポレートフォント(企業制定書体)と呼びます。

本連載の1回目は、理想的な組織やチームの在り方、コーポレート・アイデンティティ/ビジュアル・アイデンティティ(以下、CI/VI)、コーポレートフォントがどのような役割を担っているか。そして2回目ではCI/VIを考えるプロセスと、コーポレートフォントを導入する企業のフェーズや、コミュニケーションの在り方について伺いました。

3回目となる今回は、お一人ずつ実例を交えながら、CI/VIを設計するうえで重要なクライアントとのコミュニケーションの在り方、新しい時代のCI/VIの開発プロセスとMIMIGURIさんがヒラギノフォントに期待することについてお話しいただきます。

この記事を読むことで、CI/VIを検討するうえで重要となるコミュニケーション、新しい時代のCI/VIとは何か、そしてデザイナーがフォントの未来に求めているポイントを知ることができます。今CI/VIの検討で悩んでいる方、新しい時代のCI/VIやコーポレートフォントについて知りたい方は最後までご覧ください。

CI/VIの事例を交えたコーポレートフォント提案プロセスと効果

──こここからは事例を交えつつ、VIやコーポレートフォントの取り組みについて、ポイントをご紹介いただければと思います。

カタヤマ:
では、僕の方から「MISH」の事例を紹介します。

MISHはもともと三島新聞堂という静岡県三島市で新聞の配達事業を行っていた会社なのですが、広告代理店を行う企業とのM&Aを通じて、従来の配達ビジネスから広告ビジネスの方にピボットすることになったんですね。そこで、ビジネスの転換を機に社名やロゴを刷新してイメージを新しくしたい、という相談から始まりました。

まず弊社のコンサルタントがヒアリングをしたのですが、その時点で「果たして、ロゴとか会社名とかの見た目だけ変えて大丈夫なんだろうか」という問いがあったんです。それから色々リサーチをしたり、業界の展望であったり、あるいは経営的なところを分析して、事業として市場に対する戦略だけでなく、事業を進める組織体制ってどこからやったらいいんだろうと再設計しました。結果としてごっそり組織改革をした事例になっています。

この案件にはコンサルタント・クリエイティブディレクター・コピーライターなど、弊社のメンバーが多く関わるなかで、僕は初期の提案段階から関わらせていただきました。

もともと弊社コンサルタントの仮説や戦略があったので進め方はできていたのですが、企業名を変えてロゴを変えて事業自体も変えてしまって全部ピボットしていく、というなかで「取り残されると感じるスタッフさんがいるかもしれない」と思ったんです。

そこで、スタッフの方々にワークショップへ参加いただいたり、「今までビジネスを支えてきたスタッフのノウハウや情報があるからビジネスができるんです」といったメッセージをくみ取ったりして、ポスターとしてビジュアル化しました。

こちらのロゴタイプをご覧ください。これはワークショップで出たアイデアをもとに、ミッションを策定した上で、ネーミングやロゴタイプのコンセプトを反映させています。

Sがなぜ反転しているかというと、これを上下反転するとWISHという文字になるんですね。このWISHに光を当てて反転すると、MISHのロゴタイプになります。

シンボルは前述のポスターをさらに抽象化させたものが最終的に選ばれ、昔から貢献してきたスタッフの想いも反映されました。

結果としてクライアントの代表、役員、マネージャー陣から出てくる、必ずしも言葉にはなってはいない「ふわっ」とした不安を払拭するために、初期フェーズから弊社のコンサルタントと並走してクリエイティブやコーポレートアイデンティティを一緒に作っていった、という事例になりました。

──これはワークショップやヒアリング後にプレゼン資料をまとめてから、カタヤマさんから説明されたのでしょうか。どのフェーズでどのようなクリエイティブがあったのでしょうか。

カタヤマ:
まずアイデアを練るためにリサーチを行いました。さらに、クリエイティブを進めるフェーズでデザインを公開する範囲を徐々に広めたり、役員だけでなくマネージャーまでフィードバックをいただくなど、できるだけ多く意見を集めています。

デザインを提案する場合も「これが正解だと思います」という伝え方ではなく、デザインとそこに至った経緯や観点をまとめて、アウトプットを見た時にどう思うか意見をいただきながら進めました。

ですので、提案というよりプロトタイピングに近いプロセスで進めた感じです。

──デザインだけ変えるやり方では生まれない創造的なプロセスですね。案件を進めるなかで、どのような意見がクライアントから上がって、どうデザインに反映されていったのでしょうか。

カタヤマ:
クライアントとコミュニケーションを取りながら進めたといいつつも、私が造形の部分を作っているので、ある程度テイスト別に振るんですよね。例えば、シンボルマークはある意味ちょっとモダニストっぽい造形に最終的にはなっているんですけれども、提案段階では他にもテイストがあって、日本のトラディショナルな造形に寄せたものもありました。

クライアントは約百年続いている企業なので、伝統性みたいなものをブランディングとして落とし込めるのではないかと思って、トラディショナルな見た目のものも提案したんです。

そういった提案も入れましたが「もう少し未来志向で良いんだよ」という意見をいただきました。ブリッジの造形に落ち着いた経緯も、色々なメタファーやモチーフを選定する段階で数ある案の中から「過去から未来をつなぐブリッジでも良いんじゃない」という意見をいただきました。つまり僕が正解を伝えるのではなくて、打ち合わせで出た解釈を取り入れて、共創的に取り組んでいくというプロセスでした。

──意見を集めて循環して落とし込むことで、目線合わせだけでなく、参加意識や一体感が生まれるということなんですね。

カタヤマ:
そもそも「ロゴ」はロゴス、ギリシャ語で「意味」を意味する言葉を語源としていると思うのですが、そうした「強い意味を参加したメンバーから生成できる状態」が一番重要だと思っているんです。そういうプロセスで進めたのが先ほどの案件なんです。

──事例としてもプロセスとしてもコミュニケーションがCIやクリエイティブに表れていると感じました。こちらのプロジェクトでもコーポレートフォントを制定されているのですね。

カタヤマ:
はい。この案件ではコーポレートフォントを二段階で制定しました。

これは今回の座談会における問いといいますか「コーポレートフォントって何だろう」という話になるんですが、運用する人が面倒くさくないような形で制定したいなとその時は思っていたんです。

デザイナーのようなブランドを運用する人のための書体と、それ以外の方用、二つの段階に分けて制定しています。

オープンソースで誰でも使えるフォントをコーポレートフォントとして制定しても、ダウンロードが面倒くさいから手癖でパワーポイントを作っちゃう、みたいなことが僕の経験則であります。そういった方でも使えて、見た目の印象が大きく異ならない書体と、超理想の書体の二つを選定しました。

──「面倒くさくなさ」はとても大事だと思いました。こちらの案件以外でも常に「運用」は意識していらっしゃるんでしょうか。

カタヤマ:
別の案件で理想の書体1つを制定したガイドラインを作ったのですが、納品後1ヶ月後ぐらいにクライアントから「営業職の人の資料を見ていると、新しいコーポレート書体の使用の徹底が難しそうです」みたいなことを言われてしまったんです。詳しく伺うと、やはり時間優先だったりして仕方ないなと思ったんですね。

それだったらきちんと責任を持ってブランド運用/管理ができるプロフェッショナルと、日常の業務が重要な人とを分けて制定してあげた方が優しいんだろうなと考えるようになりました。

つまり優先することが違う人たちがいる組織でも崩壊しないブランドのデザインシステムを作ってあげた方が良いなと思い、それからずっと僕は二段階で制定させていただいています。

──MIMIGURIさん全体としてコーポレートフォントを二段階で提案されることが多いのでしょうか?

今市:
自分も毎回悩むところですね。二段階で制定するとアウトプットの輪郭がぼやけてしまうということもありますが、みんなが好き勝手にフォントを使ってしまうというのは最悪な状態なので、それを防ぐという意味ではとても効果的だと思います。自分もたまに二段階で提案しています。

特にWebフォントは運用にランニングコストがかかるので、そういった選択をすることが多いですね。

吉田:
基本的にはカタヤマが説明したレベルの分け方っていう考え方もありますし、どちらかというとタッチポイントやクライアントのサービスに依存する部分もあると感じています。

例えばアプリの運用や開発をしている会社さんがガイドラインを制定する場合は、OSに標準搭載されている書体しか使えませんという話になるので、そういった場合は二段階の提案はせざるを得ないこともあります。その時は全体のバランスを見て企業やサービスらしさをどう出すかを考えることになります。一方で制約から解放されている方が良いだろうなとは思います。

ブランドや企業がどういうタッチポイントを持っていて、どういう制約を持っているのかを全体的に俯瞰しながら設定していく、という考え方になりますね。

──コーポレートフォントの選択について実践的なお話をありがとうございます。

続きましてコーポレートフォントを含む事例を、今市さんからお願いします。

今市:
旧DONGURIのアイデンティティの事例をご紹介します。

先ほどのカタヤマの話でインナーに入り設計する、という話があったんですが、DONGURIの場合はメンバーみんなが同じ目標を目指しているという、進むべき方向がそろっていたところからスタートしたんですが、それによって逆にハードルが高くなっていました。自分たちを体現するにはどういったものが必要か、という理想の水準が高かったんですね。

みんなが感覚的に捉えていた理念を「僕たちってこうだよね」と、言語やビジュアルでも説明ができる状態にすることが僕の役割でした。進む方向はそろっていましたが、メンバーごとに感覚の微妙な差があったため、この工程でとても苦労しました。

なのでロゴ案だけでもそれこそ100案以上出したり。みんなの納得がいくものにたどり着くまでに、4、5ヵ月もかかってしまいました。

この案件を通じて言語化の重要性に気づけたんです。

この書体はClooney(クルーニー)という書体名なんですが、「ゼロ・グラビティ」というSF映画に登場する、ジョージ・クルーニーが演じる先輩宇宙飛行士からインスパイアされて制作しました。

不幸な事故で自分の命も危ない最中にも関わらず、後輩宇宙飛行士を助けるために自分の技術や経験を駆使して行動します。時にはしゃれたジョークで後輩の心をケアしたりと、とにかくホスピタリティの高い人だったんです。

それが弊社を擬人化した時のイメージに近いんじゃないかという発想がありました。

その話を代表やメンバーにしたところそれはすごく近いね、という話になりました。そこからインスピレーションを受けて、ロゴタイプやコーポレートフォントの設計を行ったんです。その結果、自分たちが大切にしている理念の言語化と各メンバーの感覚のひも付けがうまくいったんですね。

日本語のコーポレートフォントは既存フォントから選びました。その人柄を起点としながら、一番雰囲気や声色を体現しているフォントを選んでいきました。

Cariot(キャリオット)さんの事例も紹介させてください。Cariotは、IoTの力を利用したクラウド型の業務最適化サービスです。配送先への車両の位置情報共有による輸配送業務の効率化や、AIを活用したルート最適化機能による訪問・営業業務の効率化など、車に関する業務を多彩な機能で最適化することを得意としています。

こちらは新規サービスの立ち上げではなく、すでに運用されているものをリブランディングする案件でした。当時使用されていたロゴマークは親しげで可愛かったのですが、Cariotの急速な事業成長のため、より新しいフェーズのターゲットに合わせたものであり、かつ理念を体現したものへの変更が求められました。

シンボルマークは実際に存在する物質や情景を表現することに長けた媒体です。一方でロゴタイプは構成要素が文字なので、描画表現の幅にある程度制約が生まれることもあります。

そのため、理念をメッセージとしてロゴマークに込める際は、シンボルマークを主体として開発を進めるケースが自分の場合多いです。

今回もそのやり方に従って、シンボルマークにより力を入れて進めたのですが、Cariotさんは合わせて提案したロゴタイプのほうをより強く気に入ってくださいました。

ロゴタイプ全体を自動車に見立てています。小文字の「i」の頭を少し右へずらすことで、人が車に乗っているかのようなニュアンスを出したり、自動車に感じられる流線型のテイストを文字に交えたりしたのですが、そういった言語化をとても気に入っていただきました。オリジナルフォントもそのDNAを込めています。

こちらもコーポレートフォントの制定を行ったのですが、クライアントとフォントの分類や特徴について、少し詳しく話をしていく工程を踏まえながら、最終的に游ゴシック体に決まりました。

いわゆるヒューマニスト系や日本語のゴシック体は他の書体と何が違うのか、あるいはゴシック体が色々あるなかで「なぜこれが今回適しているのか」を伝えていきました。

そうすることによって、組織のメンバーが自分たちできちんと納得して自分たちのブランドイメージを再認識できます。

──擬人化を通してブランドについて共通認識を持って、その声色からイメージする書体を選ぶアプローチであったり、あるいは書体について感覚ではなく理由や解説を言語化して行いながら、納得度を共有しつつ書体を選定するというアプローチは、ロゴ案をたくさん出すだけでは持てない共通認識につながることが分かりました。

また、企業の声になるコーポレートフォントを納得して使っていただくために、書体についての教育も交えて理解を深めて使ってもらうというアプローチは、運用されるガイドラインとしてとても重要ですね。

それでは、吉田さんからも事例をご紹介いただけますでしょうか。

吉田:
はい、僕からはあまり被らないような事例として、ケイトオブ東京さんというアイリストさん向けブランドのVI設計の案件を紹介します。

カタヤマや今市の事例と異なる一番大きな違いは、ケイトオブ東京の代表の方とデザイン部署のトップの方とMIMIGURI、というコアメンバーでミーティングを重ねたという部分ですね。

もちろんガイドラインはデザイン部のデザイナーさんが使い、運用する前提で開発を進めたのですが、コアメンバーが少ないという意味では他の事例と違っています。

最も大切にしたのは、クライアントが「自分が考えたブランドガイドラインだ」という実感を伴って作れているか、という点です。

なので、クライアントの思い描くFoulaのブランドらしさってこうだよね、というのをできるだけ詳細に言語化するっていうところから始めていったんです。代表とデザイン部の部長が「Foulaってこうだよね」ということを自分から出せる状態になっているかを重視して、丁寧に進めていきました。

もともとこの案件はリブランディングだったので、基本となるビジュアルや商品群がありました。それを振り返って「今こうだけれど、これからブランドはこうありたいよね」「こういうビジュアル、雰囲気、印象だよね」と、できるだけ僕から提案するのではなく、毎回ワークショップのような形で代表と部長がそれぞれ言語化できるように進めていったんです。

これが言語化した結果の資料です。まずブランドDNAという形で「Foulaらしさ」を徹底的に言語化しています。

例えば「私たちはこのターゲットに、この商品をこう伝えていきたい、こう提供していきたい」ということや、商品の強み、機能的な面、情緒的な面だったり、人に例えるとどうか、という問いも考えていきました。

Foulaでよく起用していたモデルさんのビジュアルも入れて「やっぱりこの人がFoulaらしさを一番体現しているね」といったことをワークショップで出してもらいました。

なので基本的にガイドラインに載っている情報はクライアントから出た情報なんです。僕らから出た情報はほぼなくて、クライアントから全て抽出するやり方を徹底したんです。

ビジュアルを決める際は「何が悪くて何が良いのか」をクライアントが選べる状態にするために、ブランドの言語化を進めた上で膨大な写真をひたすら分類していくワークショップをやりました。

言語化は終えているので「これは違う」とか「これ惜しい」という選別が直感的にできるようになっていたんです。

そうした進め方で「Foulaらしさ」をまとめていきました。

書体やロゴに関しても「ロゴタイプはどんなものが合うか」あるいは「ロゴマークは必要なのか」といった質問をしながら意見を聞いていきました。

以前のやり方だと、僕がFoulaらしさを理解して、ABCとかでパターンを出して「どれが良いですか」みたいなやり方だったんですけど、それを一切やめてクライアントが選ぶやり方を徹底したことで、納得度が高い状態で納品できたと思っています。

──このガイドラインができるまでにどれくらいの期間がかかりましたか?

吉田:
だいたい半年ぐらいだったと思います。その時はワークショップという言い方ではなかったのですが、振り返るとワークショップに近い形式で、ミーティングを重ねていきました。

ブランディングにおけるコーポレートフォントの価値と課題

続いて、ブランディングやCI、VIにおけるコーポレートフォントの価値についてお伺いします。

特にコーポレートフォントが果たす役割や、コーポレートフォントの効果について、どのようにお考えかをお伺いできればと思いますが、今市さんからいかがでしょうか。

今市:
今まで事例を通して、インナー面ではコーポレートフォントの選定や開発にはプロセスを通じてメリットがある、というお話をしてきましたが、やはり課題になるのがアウター面、つまり対外的なコミュニケーションだと思っているんですね。

今はフォントの立ち位置が以前よりも市民権を得てきた気がします。いわゆるデザイナーではない一般の方や、クリエイティブに携わらない人でもフォントという言葉や概念を知っている人が増えたと思うんです。

一方で、近年ではさまざまなベンダーから多くのフォントが提供されています。2000年初期と比べ選択肢も豊富となりました。

それぞれのフォントの特徴に注目が集まることは素晴らしいのですが、「フォント当てクイズ」のような感覚だけで捉えることは、すごくもったいないと思います。

フォント当てクイズなどのエンターテイメント要素は、フォントに関心のなかった層にも興味を持ってもらえるものとして素晴らしいですよね。僕自身、フォントかるたも大好きです。

一方で、間違い探し的な感覚に偏りすぎると「同じようなものから細部の違いを見つける」風潮が一人歩きしてしまい、いずれは「同じ系統ならどれも同じようなもの」「ゴシック体ならどれでも一緒」と捉えられてしまう気がします。

フォントを見るときは「フォントによって『あ』の細部の形がどう違うんだろう」よりも「フォントによって雰囲気にどんな差があるんだろう」という視点を持つことが大切だと思っているんです。

フォントは「図形の間違い探し」ではなく、書き手のメッセージを任意の雰囲気で読み手に伝えるためのプロダクトです。タイプデザイナーとして、一文字一文字の細部に注目いただけるのはとてもうれしいですが、文章が組まれた時の読み心地にも目を向けていただくことで、より一層フォントごとの特性や使い所の違いが見えてくるんじゃないかと思います。

一見似たフォントでも、よく味わうとそれぞれの個性が見えてくる。その違いが企業や商品のブランディングにおいて、独自の世界観を作り出すための強い味方になるんじゃないでしょうか。

──これはコーポレートフォントに限らずフォント全体の課題だと感じました。フォント同士の形を見比べて見分けられるか、という見た目の違いではなくて、生み出す雰囲気にフォーカスした状態でフォントについて興味を持ってもらうことで、本質的な使い分けができるんですね。

今市:
はい。フォントが持つインフラ以上の効果と魅力を伝えていきたいです。

書体を考えて選ぶというプロセスが大事という話に補足すると、同じフォント、例えばヒラギノ角ゴをA社とB社という別の企業がコーポレートフォントとして選んでいた時に、ヒラギノ角ゴ同士でも違う効果が生まれると思うんです。

つまり、考えて選ぶプロセスによって、同じヒラギノ角ゴでもヒラギノ角ゴに掲げる思いが差別化できていれば、独自の価値として成立していると思います。

吉田:
最近コーポレートフォントをオリジナルで作ったブランドって、必ずというほどストーリーを記事にして情報を流通させると思うんです。それって素敵だと思うし、ストーリーを味わうという部分で、細かな表層的、あるいは装飾的な違い、見た目だけで終わってしまうところを、バックグラウンドやストーリーを味わう風潮があると、違いが分からない人でもフォントそのものや、コーポレートフォントの文脈を理解する足がかりになると思います。

コンテンツ化、ストーリーを語っていくことがアウター側としてはすごく大切だな、と。これは感想に近いんですけれども、もっとみんな発信して欲しいですね。

──脱線するかもしれませんが、タイプフェイスを作った人のコメントがあってもいいのかなと思いました。
CIやアートディレクションをするにあたって、イラストや写真、文章を書く人の想いがストーリーを語る上で大事だと思います。コーポレートフォントを選ぶ場合には、選んだアートディレクターと企業しかいないので、タイプフェイスを作った人からもコメントがあると、ストーリーに深みや関係性を感じてもらえるきっかけになりそうです。

今市:
僕もレストランのメニューに野菜の生産者の言葉とか顔が載っているだけで、もっとおいしく感じることに近しいかなって吉田の話を聞いて思いました。

吉田:
例えばコーヒーは結局どう転んでもコーヒーじゃないですか。そこに生産地とか洗い方とか焙煎の仕方とか、そうしたストーリーを聞けば「あそこの国でこうやって作られたんだ」と想像できますよね。そういうのがもっと売り手側からあってもいいと思っています。

フォントのカタログで使用例のグラフィックが載っていることがありますが、全部の書体に付けてほしいです。フォントを選ぶアプリケーションにも機能として乗せてしまうぐらい、フォントの作り手のバイアスみたいなものがあっても良いんじゃないかって思うんですよ。結構掘っていかないと、いつ誰が作った書体なのかという情報も出てこないですよね。もっと情報をひも付けていいんじゃないか、と思います。

──そうしたフォント側からのグラフィックの例みたいなものが、アートディレクターさんとしても選ぶきっかけになるんでしょうか。

吉田:
とても参考になります。そっちに持っていかれる可能性はありますけど、でも手がかりとしては確かにきっかけになりますね。

今市:
タイプデザイナーとアートディレクターとの間でこれだけ壁が厚いのに、タイプデザイナーとエンドユーザーとの距離なんてさらに遠いですよね。

──そうですね。あるタイプデザイナーから、グラフィックによって使われ方を決めてしまうようなビジュアルはなるべく出さないようにしている、という話を聞いたことがありますが、言語化の重要性はフォント選定にも求められるのだと思いました。ヒラギノフォント公式noteがそれを解決する一つの場にしていきたいです。

先ほど今市さんがおっしゃった「同じフォントでも異なる会社が使えば、プロセスや理念によって意味合いが変わる」というお話は、私のなかでまったく新しい概念でした。そう思って使っていただけているのであればとてもありがたいですし、書体開発の1つの指針になります。

ヒラギノフォントとコーポレートフォントの展望

──それでは、最後にMIMIGURIさんから見たヒラギノフォントや、フォント全体に対しての期待についてお聞かせください。

今市:
僕は既存フォントをひらがなカタカナだけカスタムして提供するサービスは、コーポレートブランディングにおいて今後すごく重要だと考えています。漢字のある日本語フォントにおいてのカスタムは、コスト的にも時間的にも難易度が高いものなので。

日本語フォントのカスタムサービスを大々的に行っているベンダーは少ないと思っていたので、ヒラギノフォントがいち早く開始したら素敵だなと、ヒラギノファンとしても思います。

──機会があれば、ぜひ相談いただきたいですね。弊社だけではなく国内の書体ベンダーもサービス化しているようなベンダーは少ない印象です。

カタヤマ:
私もクーパーユニオンのタイプデザインの短期クラスを受けた時に、先生からブランド用カスタムフォントのニーズの多さについて聞いたことがあるので、需要はあると思っています。

──もっと仮名のカスタムはぜひ手掛けたいですね。

カスタムフォントについて、仮名のカスタムなどの展開についてご意見をいただきました。その他ヒラギノフォントやフォントについて、ご意見やご希望はありますか?

今市:
ヒラギノフォントはべーシック書体に力を入れている印象でした。近年では動画コンテンツをはじめとした、より訴求力を求めたメディアも増えてきたので、ヒラギノフォントが大事にしていた理念をキープしつつも、新しいメディアに対してどうアプローチしていくのかが楽しみです。

あと、個人的にはヒラギノ角ゴ オールドの細いウェイトが欲しいです。金属活字系のゴシック体で細いものって、意外と少ないなと思っていて。

カタヤマ:
僕は海外の友達から日本語でいうところのヘルベチカって何かと聞かれた時に、ヒラギノ角ゴを紹介することが多いんですけれども、逆に欧文違いのヒラギノを作っていただくことはできるのかが気になっています。

やはり日本語って開発するのはとても大変だと思うんですけど、逆に欧文にバリエーションがあって、日本語を一緒に使えるフォントのセットってあんまり見たことないと思っていて、そういうことができるベンダーはないのかな、と以前から思っていました。なのでそういうことを検討いただけるとすごく助かります。

コーポレートフォントの運用で課題になるのが、欧文と和文のフォントをそれぞれ渡して、管理して使ってもらうことの手間があるんです。一式ごそっと渡せば使えるということが実現しないかなと思っています。クライアントの社内できちんと共有されて管理しやすいことも兼ねて、希望しているところです。

──他にもライセンス周りでご要望や困っていることはありますか?

今市:
ライセンスについては、何台分買えば良いのかイメージが見えにくいかもしれません。例えばデザイナーのパソコンだけにインストールすれば足りるのか、などです。

名刺を作る場合、名刺をMIMIGURI側で作るのか、クライアントさん側で作るのか、それによってフォントをどうしようという話になり、ライセンス周りの運用をイメージできず結局費用がかからないOSバンドルフォントやフリーフォントで、というケースとなることもあります。

そうなると、オープンソースとなり先ほど話したインナー面の対話を膨らますプロセスが踏めないこともあり、もったいないと思います。

──確かにフォントライセンスの購入台数一つ取っても、検討は大変なんですね。ヒラギノフォントであれば、ヒラギノホットラインというフリーダイヤルや問い合わせフォームを用意しており、困った時にご相談いただけるのでぜひ活用いただきたいです。


長時間にわたって、MIMIGURIさんの取り組みを通してコーポレートフォントについて非常に深いお話しを伺うことができました。

ご協力いただきましたMIMIGURIの皆様、ありがとうございました。

ヒラギノフォントとして、コーポレートフォントとして選ばれる書体になるよう、MIMIGURIの皆様からいただいたご要望も踏まえて、さらに前進していきたいと思います。

MIMIGURIさんをお迎えした座談会の連載は今回で最後となります。まだ前回、前々回をお読みになっていない方は、様々な視点でCI/IV、そしてコーポレートフォントについて深く知っていただけるので、ぜひご覧ください。

第1回目:デザインコンサルファームMIMIGURIに聞く、ブランディングとコーポレートフォント、フォントの未来

第2回目:デザインコンサルファームMIMIGURIに聞く、CI/VIを作るプロセスから見るコーポレートフォント

ヒラギノフォントでは、コーポレートフォントを導入したいとお考えの企業様や、デザインファーム様からのお問い合わせにいつでも受け付けております。どうぞお気軽に下記フォームからお問い合わせください。

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